2013年10月13日日曜日

「さよならごっこ」俵 万智 角川mini文庫

「さよならごっこ」 俵 万智
1997年6月10日 角川書店発行

角川文庫『とれたての短歌です。』『もうひとつの恋』に加筆訂正、再構成された角川mini文庫として発行されました。その名のとおり手のひらサイズのかわいらしい歌集です。

 俵さんの恋の歌はどれも言葉がまっすぐで、誰にでもわかるところが私はとても好きです。遠まわしな表現やたくみな比喩表現の恋の歌もいじらしいのですが、たとえば短歌にまったくふれたことのない人にもすぐに意味がとれて共感をさそう表現がその恋をしはじめたばかりの甘酸っぱさと、一途さを表しているようで、可愛らしく感じます。

・会いたくて会うために会うそれだけでいいのにいつもためらっている

・スケジュールうまくあわない今月はふらんすよりもとおいよ あなた

 他者からみれば順調なようでも、本人達は些細なことで一生懸命に思い悩み焦燥にかられることでしょう。きっと、どんな人の恋のはじまりの場面にもぴったり寄り添ってくれるような歌ばかりです。一方で常に他者の目を意識するような、自分をまだ客観的にみる余裕のある恋の歌が多く、愛が深まっていく様子や、愛情をたしかめあうようなおだやかな歌が少ないのがこの歌集の特徴でもあります。『とれたての短歌です。』が角川書店から発売されたのは1987年、作歌されたのはそれ以前のことですから、20代という若さのためかもしれません。

・桃色のランプシェードを拭きながら孤独のコの字一人のヒの字

・デジタルの時計を
 
 0、0、0にして
 違う恋がしたい でも君と

・心にはいくつもの部屋好きだから言えないことと言わないことと
 
・ワープロの文字美しき春の夜「酔っています」とかかれておりぬ

次の二首もそんな若さが強くでている歌です。理由もわからずさびしさばかりが風船のようにふくらむ頃、小さな子どものように思い切り自転車とおなじくらいのはやさで走りたいのにそれがためらわれるようになる頃、そのどちらにも私は覚えがあります。

・さびしくてふくらむ風船だれからも愛されたくて傷ついている

・走るなら自転車ぐらいのスピードで走りたい青い風生みながら

最後の二首はすこし上の二首の焦るようなさびしさではなく、切なさを知ったさびしさ。「~~ちゃん!」「~~くんのママ!」公園にはわたし以外の名前を呼ぶ声があふれている。季節は刻々とうつりかわってゆき、乾いた空気はしめりけをおびていく。しっとりとした花びらの質感とまじわって美しい歌だと思います。

・我の名を誰も呼ばない公園に青い夢みてブランコをこぐ

・パンヂイの薄紫にしめりゆく心吸わせている春の窓

〈おまけ〉
この歌集は私がはじめて触れた歌集。中学の授業ではじめて現代短歌にふれたのも俵さんの短歌でした。家族の誰が買ったのか、家の本棚にこの小さな歌集をみつけたときには、なんだかドキドキしたものです。この小ささゆえにいつも行方不明になるのですが、この歌集をひらくと恋の始まりの甘さを思い出してうあたたかい気持ちになります。いつまでも大切にしたい一冊です。

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